医師にとっては当たり前の知識でも、一般の人は全然知らないことがあります。
薬の副作用は、その典型例の一つです。
医師はみな「くすりはリスク」という言葉を知っています。
く す り を逆から読むと
り す く になるわけですが、
その言葉通り、薬(くすり)は時として重大な副作用(リスク)を生じることがあります。
■日本人は薬が好きすぎる
日本人はあまりにも薬が好きすぎます。
薬を出す必要のないケースでも「そこをなんとか」といって薬をもらいたがる人が多いです。
その処方薬が効かないこと・むしろ害にすらなりうることを説明しても、はじめから薬をもらうために来院した人の考えを改めるのは簡単ではありません。
薬が効くと信じて疑わないからです。
忙しい外来の中で、ごねる人を説得する時間は十分にはとれません。
医師としても納得して帰ってもらえないなら、現実的な対応として処方せざるを得なくなります。
「5分診療」と揶揄されますが、現場はそうでないと回らない面もあります。。
「あの町医者は薬も出してくれなかった」などと悪評を吹聴される恐れがあるため、 開業医であればなおさら患者側の主張に迎合せざるをえません。
開業医はサービス業に従事する個人事業主であり、患者はいわば顧客です。
サービス業は、顧客の意向を無視できません。
医学的に正しいことが、現実的には実践できないのです。
代表例として、以下のような問題があります。
■風邪で抗菌薬?
たとえば風邪。
風邪の原因はウィルスであり、特効薬はありません。
抗菌薬は細菌に対する治療薬であり、ウィルスには効きません。
しかし「風邪には抗菌薬」という盲目的な思い込みがあるようで、風邪と診断すると抗菌薬を強く希望する人がけっこうな割合でいます。
このとき医師が「処方はしない」と言うと、あからさまに不満顔をするケースがよくあります。
効果のない薬にお金を払いたがるという感覚が医師には理解できないのですが、それを説明しても納得しない人は納得しません。
むしろ中途半端に抗菌薬を使うことで自分の体内で「耐性菌」をつくってしまったり
あるいは腸の中に住んでいる正常な細菌(常在菌)を殺してしまい、偽膜性腸炎という病気を新たに引き起こす可能性すらあります。
そもそも無駄な薬は、医療経済的にも悪であり、税金の無駄遣いです。
個人レベルで言えば無駄な支出であり、資産形成にマイナスです。
医師の意見は、鵜呑みにはしなくていいですが、参考にはしてほしいところです。
■高齢者のポリファーマシー問題
ポリファーマシーとは
poly=「多い」
+pharmacy=「薬」
ということで、たくさんの薬を使っている状態をポリファーマシーといいます。
とくに高齢者ではさまざまな病気をもつことも増えてくるため、どうしても薬の種類が多くなりがちです。
お薬手帳をちゃんとつくっていない状態でいろんな病院にかかると、本人が申告しない限りは医療機関ですらポリファーマシーであることを認識できません。
その場合は同じ効能の薬を複数のんでしまっているケースもあります。
A病院で血圧の薬をもらっていても、それがわからなければ(何の薬を飲んでいるのか自分で把握できていない人もいます)B病院でも血圧の薬が出ます。
何の薬かはわかっていなくても、出された薬は律儀にきちんと飲む人が多い印象です。
しかし、上述の通り「くすりはリスク」です。
薬を飲めば飲むほど、副作用の危険は高まります。
薬は相互作用する
しかも薬には相互作用といって、薬の組み合わせによって作用が増強したり減弱したりすることもあります。
料理の世界でいう「食べ合わせ」みたいなものです。
その組み合わせは薬の数だけ存在するので、組み合わせパターンは無限に近く完全に把握するのは困難です。
服用薬が増えれば増えるほど、予期せぬ相互作用が起こる可能性も増えるわけです。
実際、服用薬が5つ以上になると認知機能低下・転倒・死亡が増える、あるいは薬による有害事象が増えるという研究データもあります。
過剰な医療は、患者にとって無駄どころか害にすらなります。
高齢者の薬信仰
ふだん医師として働いている実感として、高齢者の人ほど薬への信仰心が強い傾向があるように思います。
風邪への抗菌薬と同じで、説明してもなかなか納得してもらえないことがあります。
自分が何を飲んでいるか把握できていない場合もあるし、医師が安易に処方してしまっているケースもあります。
医師側にも患者側にも問題がありますが、この構造を抜本的に変えることは難しく、現代の日本の医療の大きな問題の一つだと思います。
■まとめ:合併症・副作用のない医療はない
検査でも手術でも薬でも、合併症や副作用がゼロの医療はありません。
「くすりはリスク」であり、薬の効果がリスクを上回るときにだけ、その薬を使うべきです。
そうしないと、その薬は無駄どころか害にすらなる可能性があります。
患者側が「くすりはリスク」だと理解すること・医療に関するリテラシーを高めること。
やっぱり、正しい知識・正しい理解は身を助けてくれます。
実は眼科の分野でも「くすりはリスク」の典型例があります。
確率は低くても、そのリスクは恐ろしいです。
別記事にまとめてあります↓
【恐怖】くすりはリスク:市販の風邪薬で発症する超重症の眼疾患
商業メディアに踊らされないよう、情報リテラシーを高めることも重要ですね。